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あやしのやかた
怪しの館 短編
国枝 史郎
線上閱讀国枝 史郎《怪しの館 短編(あやしのやかた)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 81,915 字 · 165 頁
「痛い! ま、どうしてこう痛むのだろう!」
女は駕籠の中で突っ伏した。
「駕籠屋、桔梗屋へやれ」
と武士は、あわてたように云った。
お蘭は、月を越すと、相思の仲の、渋川宿の旅舎、布施屋の長男、進一のもとへ輿入ることになっていた。今夜も彼女は新婚の日の楽しさを胸に描きながら、帳場格子の中で帳面を調べている父親の横へ坐り、縫い物の針を動かしていた。結い立ての島田が、行燈の灯に艶々しく光り、くくり頤の愛くるしい顔には、幸福そうな微笑さえ浮かんでいた。
土間をへだてた表戸はもう下ろされていたが、昼の間に吹き込んで来た桜の花が、敷居の下に残っていて、長い薄白い雪の筋かのように見えていた。
「こんな気の毒な男があるのですよ」
という声が聞こえた時、両耳の辺ばかりにわずかの髪をのこしている、お父親さんの禿た頭が上がり、声の来た方へ向いたので、お蘭もそっちへ顔を向けた。
猿ヶ京にたった一軒だけ立っている湯宿、この桔梗屋は、百年以上を経た旧家だといわれていたが、それはこの店の間の板敷が、黒檀のように黒く艶を出しているのでも頷かれた。
板敷には囲炉裡が切ってあり、自在鉤にかけられてある薬罐からは、湯気が立っていた。