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ばしゃ
愛の挨拶・馬車・純粋小説論
横光 利一
線上閱讀横光 利一《愛の挨拶・馬車・純粋小説論(ばしゃ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 40,699 字 · 78 頁
これら様々な感覚表徴はその根本に於て象徴化されたものなるが故に、感覚的作物は既に一つの象徴派文学として見れば見られる。それは内容それ自体が、例えば十一谷義三郎氏の諸作に於けるがごとく象徴としての智的感覚を所有したものとは同一に見ることが不可能であるとしても。これら様々な感覚派文学中でも自分は今構成派の智的感覚に興味が動き出している。芥川龍之介氏の作には構成派として優れたもののあるのを発見する、例えば「籔の中」のごときがその一例だ。片岡鉄兵氏及び金子洋文氏の作はまた構成派として優れて来た。構成派にあっては感覚はその行文から閃くことが最も少いのを通例とする。ここではパートの崩壊、積重、綜合の排列情調の動揺若くはその突感の差異分裂の顫動度合の対立的要素から感覚が閃き出し、主観は語られずに感覚となって整頓せられ爆発する。時として感覚派の多くの作品は古き頭脳の評者から「拵えもの」なる貶称を冠せられる。が、「拵えもの」は何故に「拵えもの」とならなければならないか。それは一つの強き主観の所有者が古き審美と習性とを蹂躪し、より端的に世界観念へ飛躍せんとした現象の結果であり効果である。