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ばしゃ
愛の挨拶・馬車・純粋小説論
横光 利一
線上閱讀横光 利一《愛の挨拶・馬車・純粋小説論(ばしゃ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 40,699 字 · 78 頁
文学と感覚
文学と感覚
自分は文芸春秋の創刊当時から屡々感覚と云う言葉を口にして来た。しかし、これは云うべき時機であるが故に云ったにすぎない。いつまでも自分は感覚と云う言葉を云っていたくはない。またそれほどまでに云うべきことでは勿論ない。感覚は所詮感覚的なものにすぎないからだ。だが、感覚のない文学は必然に滅びるにちがいない。恰も感覚的生活がより速に滅びるように。だが感覚のみにその重心を傾けた文学は今に滅びるにちがいない。認識活動の本態は感覚ではないからだ。だが、認識活動の触発する質料は感覚である。感覚の消滅したがごとき認識活動はその自らなる力なき形式的法則性故に、忽ち文学活動に於ては圧倒されるにちがいない。何ぜなら、感覚は要約すれば精神の爆発した形容であるからだ。
自分は茲では文学的表示としての新しき感覚活動が、文化形式との関係に於ていかに原則的な必然的関連を獲得し、いかに運命的剰余となって新しく文学を価置づけるべきかと云うことについて論じ、併せてそれが個性原理としてどうして世界観念へ同等化し、どうして原始的顕現として新感覚がより文化期の生産的文学を高揚せしめ得るかと云うことに迄及ばんとしたのであるが、それはまた自ら別個の問題となって現れなくてはならぬ境遇を持つが故に、先ず茲で筆を擱く。