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ぶんがくいぜん
文学以前
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《文学以前(ぶんがくいぜん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 19,171 字 · 38 頁
そこへ登ること相成らずと禁ぜられていた故、其後誰一人登った者もなく、もし登れば刑部明神の怒りにふれて命を失うものと、いつしか言い伝えられていた。その怪異を見届けんがため、宮本武蔵は家老木下将監の内命を受けて、この陰々たる天主閣、下が千畳敷、二重が八百畳、三重が六百畳、四重が四百畳、五重が百畳敷、その頂上へ登ったところ、深夜、灯火も消えた闇の中に、瞭然と、十二単衣に緋の袴、薄化粧のあでやかな女性が、刑部明神と名乗って立現われ、さすがの武蔵の武芸を以てしても、それを取押えることが出来ない。斯くすること両三度に及び、武蔵は如何にも残念に心得、思案をこらすうち、夢中に悟るところあって、姫路の城下を去ること三里、法華ヶ嶽という山に、名木薬王樹の一枝を求めに行った。其処ではからずも、世に隠棲している竹光柳風軒に出逢い、姫路の天守閣の怪物は、狐三百歳にして黒狐となり、五百歳にして白狐となるという、その黒狐であることを聞き、なお退治の方法を教わり、薬王樹の一枝をも貰い受けた。うち喜んだ武蔵は、姫路の天主閣の頂上に登り、身構えて待ち受けたるところ、深夜忽然として、またもや刑部明神の姿が立現われ、武蔵の方をはったと睨んだ。