輕鬆讀懂日語經典作品
ja-reading.com
輕鬆讀懂日語,輕鬆閱讀日語。線上閱讀日語經典作品。支援在閱讀過程中顯示假名、查詢生詞、翻譯句子。
うめづしえんおうでん
梅津只円翁伝
杉山 萠円
線上閱讀杉山 萠円《梅津只円翁伝(うめづしえんおうでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 65,582 字 · 130 頁
それよりも「絶後の悲哀を覚悟していい加減な相伝者を残さぬ」という翁の行き方の方が、真の能楽の精神を後世に伝うる所以であったかも知れぬ。「命は天に在り。人間の工夫何の用か成さむ。斃れて後止む」というのが翁の末期の一念であった事が今にして思い当られるようである。
翁百世の後、翁の像を仰いで襟を正す人在りや無しや。
思うて此に到る時、自から胸が一パイになる。
只圓翁歿後の事
これは蛇足かも知れないが、只圓翁歿後の福岡の喜多流界の状況を序に簡単に書き添えておく。
翁の歿後は前記梅津朔造氏、同昌吉氏及び斎田惟成氏が立方を指導し、山本毎氏が謡曲方面を宣揚していた。この諸氏が相前後して歿した後は河村、林、上原、水上(泰生氏父君)、持山、藤原の諸氏が謡曲を指導し、又能の方は大野徳太郎、柴藤精蔵両氏が熊本の大家故友枝三郎翁に師事し、次で現師範友枝為城氏、敏樹氏の両大家に参じ、観世流の諸氏と協力して各神社の祭事能を継続し、その他大小の能、囃子等を受持って東都家元六平太師を招いて、只圓翁の追善能記念事業を計画するなぞ福岡の斯界を風靡していた。
而して今から二十余年前大野徳太郎氏の歿後、福岡喜多会が成立するや、博多喜多流関係の能装束等の保管方を依頼されていた柴藤精蔵教授これが会長となり、或は梅津正保師範の来福指導に、又は家元