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しのぜんご
死の前後
豊島 与志雄
線上閱讀豊島 与志雄《死の前後(しのぜんご)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 17,273 字 · 35 頁
程のことで出来合ったのだった。而も蔦子にしてみれば、抱えの身ではあり、出てから四年にしかならないし、堅くしていられる身分でもなかったので、普通の稼ぎにすぎなかった。それが、次第に馴れあってゆくに従って、いつしか深くなってしまったのである。そしていくらか噂にものぼり、朋輩たちからからかわれて、珈琲を奢らされるのが嬉しくなる頃になると、坪井の方では金に困ってきた。そして坪井は皮肉になり、嫉妬の情を示すようになり、それと丁度同じ比例で、蔦子の心は坪井へ傾いていった。その頃から、お互に無理をしあい、出先へは不義理がかさなっていった。それがお互の気持を煽って、屡々逢わずにはいられなくなったのだった。そうなっても、不思議なことには、本当の愛が二人の心を繋いでるかどうか疑問だったし、それかといって、別れてしまうことが出来るかどうかも疑問だった。
寒いからっ風の強い晩、十時すぎ、蔦子はもう可なり酔って、お座敷から帰りかけた。その時、そこの電車通りの、さほど明るくない絵葉書やの前に、マントの男が、首を傾げたまま棒のように立っていた。蔦子はつかつかと歩みよって、黙って肩をならべた。