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すいぼく

水墨

小杉 放庵

線上閱讀小杉 放庵《水墨(すいぼく)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 2,455 字 · 5 頁

青空文庫

九月二日の頃、下町の火の手怖ろしく、今にも根津の方角へ延びて来そうに見え、根津に来れば、自分の宅あたりも一なめになるかならぬかというところ、ともかく家中のものの不安が、遂に一応家財の始末をせしむる事となる、妹が、兄さんのものは何と何ですか、と問う、文徴明の軸と墨だけ、行李の隅へ入れて置いてくれと答えた。

古の大家も、作ったもの必ずしもみな名作ならず、名作は又、どんな素人にも、永い間にはその尊い匂いを浸潤し、何かの際には、まずあの絵だけはと、持ち出して立ち退くであろう、かかることが度重なって、名作は残る場合多く、然らざるものの方が、より多く水火に亡びたであろう、私の持っている掛物らしい掛物は、文徴明の一軸のみながら、出来が良いので、いつも心にかけて粗末にせぬ。

墨は、唐墨の古いのを、一生には用い尽すまじき程貯えた、いにしえの言葉に、墨を惜しむ事金の如しというが、金は得ることある可し、古墨の良きものは再び作られず、もし心にも手にも合った良墨であろうならば、同量の金とは換えかぬるであろう、文徴明の一軸は、良き芸術なるが故に惜しみ、十数片の古墨は、これから良き芸術を作ろうと思うが故に惜しむ。