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ほうねんぎょうでん
法然行伝
中里 介山
線上閱讀中里 介山《法然行伝(ほうねんぎょうでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 66,110 字 · 131 頁
ただ大工の禅勝という者は居りますが」
と答えたので、隆寛律師はどうもあやしいと思ったけれども、手紙でもって尋ねて使をやって見ると、禅勝はそれを見るや、とりあえず走せつけて来た。律師は庭に下り迎えて手をとって引きのぼせ、互に涙を流して、昔のことを話し合った。
日頃、たたき大工だとばかりあなどっていた坊主が、斯様な高僧に尊敬されるのを見て土地の武士共が眼をまわしてしまった。その後は国中の貴賤、尊み拝みて大工もして居られなくなったから、広く念仏の布教をするようになった。生年八十五歳の正嘉二年の十月四日立派な念仏往生をとげた。
俊乗房重源は、上の醍醐の禅定で、真言宗に深かったが、法然の徳に帰してその弟子となった。大原談義の時も、門弟三十余人を連れて列席した。治承の乱に南都東大寺が焼失した。重源がその造営の大勧進に補せられた。総てに於て計画にぬかりのない人であったから、時の人に「支度第一俊乗房」と称せられていた。
建久六年三月二十日造営の功を了え、供養をとげられた。天子の行幸があり、将軍頼朝も上洛した。法然の勧化に従って念仏を進め、上の醍醐に無常臨時の念仏をすすめ、その他七カ所に不断念仏を興隆した。