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ぼくとうきだん

濹東綺譚

永井 荷風

線上閱讀永井 荷風《濹東綺譚(ぼくとうきだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 57,666 字 · 114 頁

青空文庫

いる。空の一方には夕栄の色が薄く残っていながら、月の色には早くも夜らしい輝きができ、トタン葺の屋根の間々からはネオンサインの光と共にラディオの響が聞え初める。

わたくしは脚下の暗くなるまで石の上に腰をかけていたが、土手下の窓々にも灯がついて、むさくるしい二階の内がすっかり見下されるようになったので、草の間に残った人の足跡を辿って土手を降りた。すると意外にも、其処はもう玉の井の盛場を斜に貫く繁華な横町の半程で、ごたごた建て連った商店の間の路地口には「ぬけられます」とか、「安全通路」とか、「京成バス近道」とか、或は「オトメ街」或は「賑本通」など書いた灯がついている。

大分その辺を歩いた後、わたくしは郵便箱の立っている路地口の煙草屋で、煙草を買い、五円札の剰銭を待っていた時である。突然、「降ってくるよ。」と叫びながら、白い上ッ張を着た男が向側のおでん屋らしい暖簾のかげに馳け込むのを見た。つづいて割烹着の女や通りがかりの人がばたばた馳け出す。あたりが俄に物気立つかと見る間もなく、吹落る疾風に葭簀や何かの倒れる音がして、紙屑と塵芥とが物の怪のように道の上を走って行く。