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ぼくとうきだん

濹東綺譚

永井 荷風

線上閱讀永井 荷風《濹東綺譚(ぼくとうきだん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 57,666 字 · 114 頁

青空文庫

そして、「誰に。死んだ檀那に似ているのか。」

「いいえ。芸者になったばかりの時分……。一緒になれなかったら死のうと思ったの。」

「逆上せきると、誰しも一時はそんな気を起す……。」

「あなたも。あなたなんぞ、そんな気にゃアならないでしょう。」

「冷静かね。然し人は見掛によらないもんだからね。そう見くびったもんでもないよ。」

お雪は片靨を寄せて笑顔をつくったばかりで、何とも言わなかった。少し下唇の出た口尻の右側に、おのずと深く穿たれる片えくぼは、いつもお雪の顔立を娘のようにあどけなくするのであるが、其夜にかぎって、いかにも無理に寄せた靨のように、言い知れず淋しく見えた。わたくしは其場をまぎらす為に、

「また歯がいたくなったのか。」

「いいえ。さっき注射したから、もう何ともない。」

それなり、また話が途絶えた時、幸にも馴染の客らしいものが店口の戸を叩いてくれた。お雪はつと立って窓の外に半身を出し、目かくしの板越しに下を覗き、

「アラ竹さん。お上んなさい。」

馳け降りる後からわたくしも続いて下り、暫く便所の中に姿をかくし客の上ってしまうのを待って、音のしないように外へ出た。