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いそのかみじんぐうのじんぽうななつさやのたち
石上神宮の神宝七枝刀
喜田 貞吉
線上閱讀喜田 貞吉《石上神宮の神宝七枝刀(いそのかみじんぐうのじんぽうななつさやのたち)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 3,555 字 · 8 頁
の号が発見されない限り、しばらくかく定めておきたい。果してしからば、『日本紀』所引の『晋起居注』なり、この七枝刀の銘文なりは、当初の年号をそのままに伝えたものとして、この意味からも有益なる史料と言わねばならぬ。
なお『日本紀』に、百済の使者久※(「低のつくり」、第3水準1-86-47)がこれを献じたのは、神功皇后の五十二年とあって、該書の年立によると、泰初四年とは十六年の前となる。しかしこの『日本紀』の年立は、著者がわが神功皇后をもって、『魏志』等に見えた倭女王卑弥呼だと誤解して、その年代に当てはめたものであって、実際には皇后の御年代は、これよりも数十年間後れている。『古事記』によるに、仲哀天皇の崩年は壬戌の年で、多分晋の恵帝泰安元年の壬戌のことと察せられる。果してしからば、泰初四年よりは三十四年の後となる。この泰初と仲哀天皇崩年との間において、馬韓がしきりに晋と交通した記事が『晋書』〔(四夷伝)〕に見える。すなわち「武帝太康元年・二年、其主頻りに使を遣して、入りて方物を貢す」とか、「七年・八年・十年、又頻りに至る」とか、「太熙元年東夷校尉何龕に詣りて上献す」