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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

線上閱讀火野 葦平《花と龍(はなとりゅう)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 頁

青空文庫

一人の男が、群衆をかきわけて、降車口から、表へ飛びだした。

掏摸と聞いて、金五郎は、反射的に、手をポケットにやってみた。上衣の内ポケットに入れておいた財布がない。

「東京はチボが多いというけ、気をつけなさいよ。人を見たら泥棒と思え、――そんな気持でいたら、恰度ええんですって」

出発のとき、マンから、笑いながら、そんな注意をされたのに、忘れてしまっていた。誰も彼もを泥棒と思うなどというような、根性の悪さは愉快ではなかったし、油断をしていたわけではないけれども、ぽかんと天井の絵を見あげていたときには、まったく、放心状態であった。本場の掏摸にとっては、そんな田舎者の懐中を抜くほど、たやすいことはないであろう。有金残らずと、大切な書付、印鑑などが、みんな大きな財布に入れてあった。

(しまった)と思い、あわてて、降車口から出た。

「玉井君、どこへ行く?」

井上安五郎が、顔色変えて飛びだす友人に、不審顔で訊いた。

「やられた」

「今の掏摸に?」

「うん、諸君は先に宿に行っといてくれたまえ。後で行くから……」

捨台詞のようにいい残して、走った。

丸ビルの方角に向かって、群衆がなだれて行く。