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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

馬道で見た染之助の素顔のみにくさなどは、何処かに消えてしまいました。私は染之助の勘平を一目見ると、忽ち昔と同じような有頂天な、心持になってしまったのです。それからと云うものは、又毎日のように染之助を見に行きました。今度は染之助に惚れているのではない、染之助の扮している芝居の役々に惚れているのだと、自分でもよく判っていましたから、私は守田座へ毎日のように通うのが、少しも恥しいと思われませんでした。前よりも、おっぴらに、誰に遠慮も入らないと思いましたから、平土間の成るべく舞台に近い、よい場所を買切って毎日のように通いました。三度に一度は、娘を連れて行きましたが、しまいには娘の方で、飽きてしまってついて来ないのを、結句仕合せに思いました。そんなに毎日通う上に、染之助が舞台に出る時間に定まって這入って行き、染之助の出る幕が済んでしまうと、サッサと帰って来るのですから、到頭芝居の中でも、評判になってしまったのです。あの女客は、成駒屋(それは染之助の屋号です)に気があるのだと、評判しているらしいのです。そう云う噂が立つに従って、舞台の上の染之助がじっと私の方を見詰め始めたのです。