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とうじゅうろうのこい

藤十郎の恋・恩讐の彼方に

菊池 寛

線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁

青空文庫

私は、可なり冷淡に、

『何の御用か知りませんが、御免を蒙りたいと云っておくれでないか』と、云いました、舞台姿はあんなに私の心を囚えていながら、役者その人は恋しいとも何ともないのでした。出方は、私の顔を見て呆気に取られていたようですが、そのままスゴスゴと行ってしまいました。

それからも、私は狂言の変り目毎に、三四度は欠かさずに、見物していました。見物する毎に、染之助が、私を見詰める瞳が益々熱して来るのに気が付きました。余り染之助が私を見るので、私の傍に坐っている女客達が私に可なり烈しい嫉妬を、見せる程になりました。が、私と染之助とは、一度も逢ったことはないのです。染之助の方でも、私が彼の言伝をきっぱりと断ってから、私の心が測りかねたものと見えて、もう少しも手出しをすることはありませんでした。が、私は染之助こそ、嫌っていたが、染之助の扮した芝居の中の若い美しい人達が私を見詰める時には、恋人に見詰められたような嬉しさを感じて、じっと見詰めかえしていたのでした。

丁度私が、二十六の年の十月でした。染之助の居る一座は、十月興行をお名残りに上方へ帰って、十一月の顔見世狂言からは、八代目団十郎の一座が懸ると噂が立ちました。