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とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋・恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁
落選した失望よりも、自分の浅ましさが、ヒシヒシ骨身に徹えた。札が、二三人に蒐まっているところを見ると、みんな親分の為を計って、浅や喜蔵に入れたのだ。親分の心を汲んで、浅や喜蔵を選んだのだ。そう思うと、自分の名をかいた卑しさが、愈々堪えられなかった。
朝の微風が吹いて来て、入れ札の紙が、熊笹を離れて、ひらひらと飛びそうになった。
「ああ、こんなものが残っていると、とんだ手がかりにならねえとも限らねえ」
そう云いながら、九郎助は立ち上って散ばっている紙片を取り蒐めると、めちゃめちゃに引き断って投げ捨てた。九郎助の顔は、凄いほどに蒼かった。
「俺、秩父の方へ落ちようかな」
九郎助は独言のように云った。彼は仲間の誰とも顔を合しているのが厭だった。秩父に遠縁の者が居るのを幸に、其処で百姓にでもなってしまいたかった。
彼は、草津へ行った連中とは、反対に榛名の西南の麓を目ざして、ぐんぐん山を降りかけた。
彼が、二三町も来たときだった。後から声をかけるものがあった。
「おい阿兄! 稲荷の阿兄!」
彼は、立ち止って振り顧った。見ると、弥助が、息を切らしながら、追いかけて来たのであった。