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とうじゅうろうのこい
藤十郎の恋・恩讐の彼方に
菊池 寛
線上閱讀菊池 寛《藤十郎の恋・恩讐の彼方に(とうじゅうろうのこい)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 37,146 字 · 74 頁
「この野郎!」そう思いながら、脇差の柄を、左の手で、グッと握りしめた。もう、一言云って見ろ、抜打ちに斬ってやろうと思った。
が、九郎助が火のように、怒っていようとは夢にも知らない弥助は、平気な顔をして寄り添って歩いていた。
柄を握りしめている九郎助の手が、段々緩んで来た。考えてみると、弥助の嘘を咎めるのには、自分の恥しさを打ち開けねばならない。
その上、自分に大嘘を吐いている弥助でさえ、自分があんな卑しい事をしたのだとは、夢にも思っていなければこそ、こんな白々しい嘘を吐くのだと思うと、九郎助は自分で自分が情けなくなって来た。口先だけの嘘を平気で云う弥助でさえが考え付かないほど、自分は卑しいのだと思うと、頭の上に輝いている晩春のお天道様が、一時に暗くなるような味気なさを味った。
山の多い上州の空は、一杯に晴れていた。峰から峰へ渡る幾百羽と云う小鳥の群が、黄い翼をひらめかしながら、九郎助の頭の上を、ほがらかに鳴きながら通っている。行手には榛名が、空を劃って蒼々と聳えていた。