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くものゆめ

蜘蛛の夢

岡本 綺堂

線上閱讀岡本 綺堂《蜘蛛の夢(くものゆめ)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。

N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 147,189 字 · 298 頁

青空文庫

」と、秋山はすぐ訊きかえした。「貴様はだれだ。」

「伊兵衛でござります。」

「なに、伊兵衛……。貴様は一体どこにいるのだ。おれの前へ出て来い。」

それには何の答えもなかった。ただ聞えるものは雨の音と、寺の塀から往来へ掩いかかっている大きい桐の葉にざわめく風の音のみであった。犬は暗いなかでなお吠えつづけていた。

「仙助、お前は何か聞いたか。」

「いいえ。」と、仙助はやはり何にも知らないように答えた。

「それでも、おれの言う声はきこえたろう。」

「旦那さまの仰しゃったことはよく存じております。初めに誰だといって、それから又、伊兵衛と仰しゃりました。」

「むむ。」

言いかけて、秋山はなにか急に思い付いたことがあるらしく、それぎり黙って足早にあるき出して自分の屋敷の門をくぐった。家内の者をみな寝かせてしまって、秋山は庭にむかった四畳半の小座敷にはいって、小さい机の前に坐った。御用の書類などを調べる時には、いつもこの四畳半に閉じこもるのが例であった。

秋の夜はいよいよ更けて、雨の音はまだ止まない。秋山は御用箱の蓋をあけて、ひと束の書類を取出した。彼は吟味与力の一人であるから、自分の係りの裁判が十数件も畳まっている。