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しゅみのいでん
趣味の遺伝
線上閱讀夏目 漱石《趣味の遺伝(しゅみのいでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,235 字 · 77 頁
それすら全身を掩うには足らん。胸のあたりは北風の吹き抜けで、肋骨の枚数は自由に読めるくらいだ。この釈迦が尊ければこの兵士も尊といと云わねばならぬ。昔し元寇の役に時宗が仏光国師に謁した時、国師は何と云うた。威を振って驀地に進めと吼えたのみである。このむさくろしき兵士らは仏光国師の熱喝を喫した訳でもなかろうが驀地に進むと云う禅機において時宗と古今その揆を一にしている。彼らは驀地に進み了して曠如と吾家に帰り来りたる英霊漢である。天上を行き天下を行き、行き尽してやまざる底の気魄が吾人の尊敬に価せざる以上は八荒の中に尊敬すべきものは微塵ほどもない。黒い顔! 中には日本に籍があるのかと怪まれるくらい黒いのがいる。――刈り込まざる髯! 棕櫚箒を砧で打ったような髯――この気魄は這裏に磅として蟠まり瀁として漲っている。
兵士の一隊が出てくるたびに公衆は万歳を唱えてやる。彼らのあるものは例の黒い顔に笑を湛えて嬉し気に通り過ぎる。あるものは傍目もふらずのそのそと行く。歓迎とはいかなる者ぞと不審気に見える顔もたまには見える。またある者は自己の歓迎旗の下に立って揚々と後れて出る同輩を眺めている。