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しゅみのいでん
趣味の遺伝
線上閱讀夏目 漱石《趣味の遺伝(しゅみのいでん)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 38,235 字 · 77 頁
ほかの人ならとにかく浩さんだから、そのくらいの事は必ずあるにきまっている。早く煙が晴れればいい。なぜ晴れんだろう。
占めた。敵塁の右の端の突角の所が朧気に見え出した。中央の厚く築き上げた石壁も見え出した。しかし人影はない。はてな、もうあすこらに旗が動いているはずだが、どうしたのだろう。それでは壁の下の土手の中頃にいるに相違ない。煙は拭うがごとく一掃に上から下まで漸次に晴れ渡る。浩さんはどこにも見えない。これはいけない。田螺のように蠢めいていたほかの連中もどこにも出現せぬ様子だ。いよいよいけない。もう出るか知らん、五秒過ぎた。まだか知らん、十秒立った。五秒は十秒と変じ、十秒は二十、三十と重なっても誰一人の塹壕から向うへ這い上る者はない。ないはずである。塹壕に飛び込んだ者は向へ渡すために飛び込んだのではない。死ぬために飛び込んだのである。彼らの足が壕底に着くや否や穹窖より覘を定めて打ち出す機関砲は、杖を引いて竹垣の側面を走らす時の音がして瞬く間に彼らを射殺した。殺されたものが這い上がれるはずがない。石を置いた沢庵のごとく積み重なって、人の眼に触れぬ坑内に横わる者に、向へ上がれと望むのは、望むものの無理である。