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くろふねぜんご
黒船前後・志士と経済他十六篇
服部 之総
線上閱讀服部 之総《黒船前後・志士と経済他十六篇(くろふねぜんご)》,假名注音日語閱讀。JLPT N2,點詞查義。
N2 · 挑戰 · 新字新假名 · 121,901 字 · 247 頁
四
知らなかったことだけはたしかである。義挙事済みの風聞は白石国臣同道で馬関へ引揚げた翌日の十八日になって達した。
四
桜田義挙に関する水薩密約にいう決行予定日「二十日前後」を有馬新七『義挙要録』記載にそのまま基づいて二月二十日と見、三月三日の決行をもって十日余り遅れたとする考証(渡辺盛衛『有馬新七先生伝』)もあるが、春山育次郎氏『平野国臣伝』のごとく三月二十日とする方が正しい。大老暗殺が予定より早められ薩筑両藩の京都派兵も抑止されたから、桜田義挙の結果もかえって反動跳梁の姿となり、大獄後の反動期が安政五年秋から桜田の変まで約一年半つづいたとすれば、桜田変後の反動期も文久二年春まで二年足らずつづいている。この二年間、志士にたいする幕府の追及はいよいよはげしく、反対派諸雄藩主もほとんど抑止して動かず、一見すべては平穏かと見えて、やがて地下では、桜田変前に数倍する――否、質的にすでに討幕運動にまで転化した一大活動が、展げられていった。しかもそれが、いよいよ圧倒的に「草莽」義徒の間からもり上り、文久二年とともに湧き起る澎湃たる行動期の一特色は、すでに地方産商業家の中から算盤を棄て資財を抛ってみずから諸戦野に出動する者が続々として認められた点にある。