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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
それも明日の便船へ積みこむことになっておりますので、ひとつ、そいつをからくりして」
「しッ……」
といわれたので新吉が声をのむと、そのとたんに、弦之丞の手裡を離れた小柄が、キラッ――と斜めに闇を縫って行った。
ちょうど小柄が届いたころ、井戸側の蔭で、ウームという人の呻き――忍び頭巾をまとった影がゴロゴロとのた打って転げだした。
それは、かれが宵から察していた、阿州屋敷の廻し者であった。
ザアッ……とそよぐ笹やぶを透いて、その時、駕の提灯が人魂のように向うを過ぎてゆくのを見た。
新吉がうごめく侍に目を白くしている間に、弦之丞はお米があきらめて帰ったことを知った。
* * *
「お綱……」
そッと門から呼ぶ者があった。
いよいよ阿波へ立つというその日の黄昏。
薄暮の色がうッすらと沈んでいる桃谷の町端れ、天満の万吉の家の前にたたずむ侍が低く呼ぶ。
紫紺色の宗十郎頭巾を、だらりと髷の上からくるんでいる横顔が空明りのせいかくッきりと白い。
両刀は手ばさんでいるが、どこか華奢な風俗、銀砂子の扇子を半開きにして口へ当て、
「お綱……」
と細目に格子を開けて覗く。