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おみつかんざし
お美津簪
山本 周五郎
Read お美津簪 (おみつかんざし) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,158 characters · 26 screens
四
諏訪神社の山も、唐風の眼鏡橋も……まるで覗絵を見るように見えて来る。
「そうだ、長崎へ帰ろう、どうせもう半年さきも覚束ない体だ、故郷の土を踏んでから死のう、おっかさんにひと眼会って、不孝を詫びて死のう」
思いつくと矢も盾も堪らなかった。正吉は息をはずませて立った。
四
「あいにくだったなあ、二両はさておき二朱もねえ始末だ」
「――そうか」
「お改め以来というもの一列一体の旱だ、恥かしいが女房を裸にしてやっと粥を啜ってる有様よ、――急ぐんだろうなあ」
「なに、無けれあいいんだ、騒がして済まなかった、勘弁して呉んねえ」
「冗談じゃあねえ、むだ足をさしてこっちこそ申訳ねえ」
「じゃあ又来るぜ」
正吉は寒々と露地を出た。
――矢張り駄目か。
どんな事をしても長崎へ帰ろう! そう思案を決めた。然しこの体ではとても歩く旅はむずかしいので、回船問屋へ行って訊くと、幸い明日の朝七時に長崎向けの船が江戸橋から出ると分った。然もそれは年内で最後の船で、それに後れると正月十五日過ぎなければないと云う、――そう聞くともう帰心は油をそそがれた火のようなものだった。船賃を入れて二両、かつかつの旅費を工面するために、凩の中を足に任せて駈け廻った。