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アンドロギュノスのちすじ
アンドロギュノスの裔
渡辺 温
Read アンドロギュノスの裔 (アンドロギュノスのちすじ) by 渡辺 温 (わたなべおん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,168 characters · 267 screens
僕は気のせいか、或かすかな物音を――窓ガラスを誰かが極めて静かに叩いている様な物音を聞いた様に思ったのです。僕は立って窓帷を開けてみました。けれども勿論、そんな真暗な大雨の夜に窓から訪れて来る様な酔狂なお客様の影なぞは見とめるべくもなかったので、再びファイヤープレイスの前に戻りました。そして巻煙草箱から新しい奴を一本つまんで銜えた途端です――オヤ! 再び、今度は前よりもはっきりと物音を聞いたのです。ヒョイと窓の方を、いま窓帷を開けたなりにして来た窓の方をふり返ると、まァ! どうでしょう。窓ガラスに、ぼんやりと一人の支那人の顔が浮んでいたのじゃありませんか。胡なのですよ。ずぶずぶに濡れているとみえて髪の毛がべっとりと額にみだれかかっていて、真蒼な顔色をして、おびえ切った様な眼で僕の方を見入り乍ら、何か喋っているのか、しきりと喘ぐ様に口を動かしているのです。あまりの事に僕は度ぎもを抜かれて了ってしばらくは唖然としていました。が、やがて、やっと立ち上がって其処へ進み寄ろうとしたその時、急に彼の眼に非常な恐怖と怨恨との入りまじった色が浮び出てグイと僕をねめつけたかと思うと、突然、その顔は消えてしまいました。