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アンドロギュノスのちすじ
アンドロギュノスの裔
渡辺 温
Read アンドロギュノスの裔 (アンドロギュノスのちすじ) by 渡辺 温 (わたなべおん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,168 characters · 267 screens
十年後の映画界
一千九百三十九年一月×日
街裏の酒場「騒音と煙」の一隅に於て、酔っぱらいの私がやはり酔っぱらいのオング君を、十年振りに見出したと思いたまえ。オング君は、一昔前と変らぬリボンをネクタイに結んだ懐しい姿で、赤ラベルの安三鞭酒を煽りながら、私に呼びかけたのである。
『やあ、新年お目出度う。……久しくお遇いしませんでしたが、髭なんぞ生やして、随分お年を召されたようですね。今何をしておいでですか? そう、やはり市役所の方へお勤めなのですか? 奥さんは、今度こそ、もうおもちでしょうな? それはそれは。……で、僕ですか? 僕は活動写真業です。ほら、お互に末だあまり年をとり過ぎてしまわなかった頃、港の裏山の草っ原に寝ころんで計画しあったではありませんか。青空の中に翩翻として橙色の旗が翻っているマキアベリイ理想映画会社について。それを今度僕がたった一人で実現したのですよ。嘘だと思うなら、近々お天気のいい日にでも散歩がてらいらっして下さい。港の裏山には、我々が曾て空想した通りの、橙色の旗が翩翻として青空に翻っています。……』
もう不惑に近く、海豹のように無口になってしまった私に向かって、彼は十年前と少しも変らぬ雄弁を以て語るのであった。