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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
Read 山の憶い出 上 (ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 284,014 characters · 565 screens
河原伝いの気楽さを沁々味いながら、二町も遡ると対岸で餓鬼谷が合流している。此峡谷の支流としては落口が誠に穏かだ。硫黄の臭いが風に連れて鼻を衝く。合流点から半道程の上流に温泉があるのだという。
又山の裾を登り始める。木は生えているが、地膚は堅い岩の壁が、表面は苔に被われて水気付いているから能く滑る。九時五分尾根の一角に達して、其儘石楠の多い山の背を登って行くと、栂、樺などの大木が出て来る。南に劒沢の北を限る仙人山続きの尾根が鋸歯を苛立たせ、其左に五竜鹿島槍続きの山が物凄い色をした雲の厚襖をすっぽりと被っている。何処からともなくピューピューと口笛を吹くような妙な声が聞える。鳥でも蝉でもないようだ。登って行く中に山稜は細く痩せて、痛ましく岩骨を曝露している。こんな処にはきまって石楠、姫小松、黒檜、米躑躅などが生えているものだ。瘤のような岩の隆起を踰えてから、尾根の側面に沿うて下ると奥ノ平に出た。緩傾斜の地で、大きな椈の純林がある。下には根曲竹や羊歯が多い。最前聞いたのと同じ妙な声が間近で復聞える。訝る間もなく一疋の羚羊が飛び出して一散に逃げて行った。小さな沢に出る。