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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 180,256 characters · 361 screens

Aozora Bunko

硯の水も凍るような宵の寒さに、背を曲げて。

それは、きのうから、苦吟して書いていた、長い書面であった。きのう書いたそれへ、また筆を入れて、謹厳に、清書しているのであった。

書院では、総領の五郎左衛門と次男の監物が、父の使いをうけて、何事かと来て、火鉢を囲んで待っていた。

「ご病気かと驚いた。不意に使いが見えたので」

監物がいうと、五郎左衛門は、顔を振って、

「いや、わしはそうも思わなかった、いつぞやのことが、お耳にはいり、さてはお叱言だなと、すぐ感じた」

「だが、あのことなら、もう二十日も前に、父上のお耳へははいっている筈。――急にお呼びつけになるからには、何ぞほかに、御用があってのことだろう」

幾歳になっても、父は怖い。兄弟は、父の姿の見えるまでが、待ち遠しくもあり、心配でもあった。

三男の甚左衛門は、他国の縁家へ行っているので、この宵には、来合わせなかった。

「来たか。寒いのう」

父の中務は、やがて襖を開けて現われた。兄弟は、すぐ父の白髪と、めっきり痩せて来た面窶れに、眸を向けた。

「どこか、お体でも」

「いや、この通り、変りはないがな、お前たちの顔を見たくなったのだ。