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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 180,256 characters · 361 screens
信長
「今に……。今に」
何か、感動するか、事にぶつかると彼は行者の念仏のように、今に! を胸の底で繰り返した。
だが、彼の境遇は、ふたたび喪家の犬のように、的なく、職なく、彷徨うしかなかった。
大天龍の河水は、まんまんと流れていて、人里を離れると、天地のさびしさに、日吉は何となく泣きたくなった。
そこから歩み出す運命の先は、彼も知らず、天地も星も水も、何の暗示もしていなかった。
信長
「――おじさん」
先刻からこれで二度目である。何処かで、誰か、そう呼ぶような気がする。
織田家の足軽組の乙若は、昼寝の首をもたげて、
「誰だ?」
と、見まわした。
その日の彼は非番だった。
いつもなら城勤めだが、きょうは組長屋のわが家に在って、手脚を伸ばしていたのである。
「わたしですが……」
声は生垣の外だった。からたちの葉や棘に、昼顔のつるが絡んで、白っぽく埃の乾いている垣根越しに人影があった。
乙若は、縁側へ出て、
「わたしですがって、いったい何処の誰だよ。用があるなら、表からはいれ」
「表の木戸が開きません」
「おや……?」
と、背伸びして、
「猿じゃねえか。中村の弥右衛門のせがれじゃねえのか」