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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 180,256 characters · 361 screens
すると、耳もとで、
――日吉や。日吉や。
と、呼ぶ声がした。
彼は死んだ実父の夢を見ていたので、うつつに、
「お父さん!」
と、叫んだが、眼の前に立っている姿を見ると、それは母のお奈加だった。
母は筑阿弥の眼をしのんで持って来た食物を与えて、
「さ。これを喰べて、朝まで大人しくしておいで。朝になったら、お父さんにお詫びしてあげるから」
と、いった。
日吉は、かぶりを振って、母のふところへしがみついた。
「嘘だい、嘘だい。おらには、お父さんはねえやい。お父さんは、死んじまったじゃねえか」
「これ、またそんなことをいう。なぜおまえは、そう聞きわけがないのだろ。いつもいつも、私があんなにいって聞かせておくのに」
彼の母は、身を切られるように、辛かった。けれど、母がなぜ身を慄わせてそう泣くのか、まだ日吉には分らなかった。
夜が明けると、日吉のことで、筑阿弥は彼の母を朝から呶鳴りつけていた。
「おれの眼をぬすんで、夜半に飯をくれてやったろう。そういう親馬鹿だから、いつまで、あいつの根性は直りゃしないっ。おつみも、今日は納屋のそばへ寄っちゃあならぬぞ」
夫婦の中で、小半日も、何か揉めていた様子だったが、そのうちに日吉の母は、独りで泣く泣くどこかへ出て行った。