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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 148,519 characters · 296 screens
「はあ、――」
宇乃はそれを見た。彼女には初めて見る木であった。根まわりは両手の指を輪にしたくらいの太さで、高さはおよそ八尺ばかりある。枝はみな上に向かって伸び、葉は榧に似ていた。
「原田さまが、自分でお移しになったのですか」
「この木がお好きなのです」とたつ女が云った、「北ぐにの木ですから、なかなかこの土地では根づかないのでしょう、これまでに二度も枯れてしまって、これが三度目なのです、お移しになってからもう五年経つので、こんどこそ大丈夫だろうということです」
「――お国の木なんですわね」と宇乃が呟くように云った。
「そうです」とたつ女は頷いた、「船岡のお館のまわりには、この木が美しい林になっていますし、お館のお庭にもかなりあります」
「おばさまは船岡を御存じですの」
「わたくしは船岡で育って、塩沢へ嫁にまいったのです。もちろん亡くなった塩沢もあちらの者でしたわ」
宇乃はまた樅ノ木を見た。榧に似たその葉や、枝のなりは、いかにも寒さのきびしい土地の木らしく、性が強そうにみえるが、宇乃には、なんとなくさびしげな孤独のすがたをしているように思えた。
甲斐が来たのは、もう日の傾きかけるじぶんであった。