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しゅくず
現代日本文学館8 徳田秋声
徳田 秋声
Read 現代日本文学館8 徳田秋声 (しゅくず) by 徳田 秋声 (とくだしゅうせい) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 327,364 characters · 638 screens
「もしもし、貴方のところに梢さんという女の方行っているはずですが……」
先方から女中の声が聞こえた。
小夜子はちょっと受話機の一方を手で塞いで、
「図星らしいわ。」
と茶目ぶりな目を丸くしたが、再び電話口に現われた女中の返事では、やはりいないらしかった。
「初めいるような返事だったんですよ。梢さんなんて名前そうざらにあるはずじゃないんですもの。無駄だと思ってドライブしてみません?」
「そうね。」
街は電燈の世界になっていた。二人は何か引込みのつかないような気持で、酔興にもさらに料金を約束してタキシイを駆った。いつになく小夜子は興奮していたが、庸三もこの機会にそんな家も見ておきたかった。
「どうせ飯でも食うつもりなら……。」
「そうよ。」と小夜子は少し間をおいてから、
「でも私あすこ駄目なのよ。」
「ああ、そう。」
「私麹町の屋敷にいる時分、病気で一月の余もあすこにいたことがあるんですの。そこへある人が来て寝そべっているところへ、突然やって来たものなんですの。女中がそのことをしらせに、ばたばたとやって来たもんですから、彼は大狼狽で、洋服を引っ抱えたまま庭へ飛び降りたのはよかったけれど、肝腎の帽子が床の間に置き忘れてあるじゃありませんか。