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しゅくず
現代日本文学館8 徳田秋声
徳田 秋声
Read 現代日本文学館8 徳田秋声 (しゅくず) by 徳田 秋声 (とくだしゅうせい) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 327,364 characters · 638 screens
「今夜は忙しいんだ。話はしていられない。」
落ち着かない気持で彼は葉子の顔を見るなり、先月号の婦人雑誌を鞄から取り出した。彼はその雑誌に連載物を書いていた。葉子は珍らしく和服を着ていたが、何ということもなくしばらく差向いでお茶を呑んでいた。葉子の素振りにも落着きがなかったが、庸三も今夜書く場面の段取りが、まだはっきり頭脳に来ていないので、それに気も苛ついていたが、彼女の言葉に何か煮えきらないところもあった。
「じゃ出るの止すの。」
「そうじゃないんですの。ただあの男が可哀そうなだけよ。」
婉曲に断わるつもりなのかと思ったが、そうでもなかった。とにかく頭脳を乱すのを恐れて今夜は追究しないことにした。一旦気持が揺れ出すと、容易に止まらない癖があるので、そうと決めておくよりほかなかった。
庸三は時間が惜しかったので、早く食事をしようと思って、その前に風呂に入ることにして、急いで風呂場の方へ出て行った。浴場は料亭としては豪華な方で、ドアで仕切られた、別室の化粧室の趣味も感じがよかった。
雨が強く降り出して来た。庸三は寂しい庭の雨音を耳にしながら、風呂場にしばらくいたが、葉子が来ないのに少し不安を感じはじめた。