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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 126,598 characters · 254 screens
――見ると、手下の捕兵が追ッかけて行く先を、一輛の牛車がガラガラと狂奔して行く。
「うぬっ」
体に風を切らせて、
「日野朝臣っ、待て」
と、彼も追った。
すでに、待賢門の下だった。一歩の内は、宮苑である。“下馬下乗”はいうまでもない。
菊王は、南無三とばかり、そこの境で、牛の尻へもう一ト鞭、ビシッと当てた。
いかな検断所の兵も、宮門内には立ち入れない。――ここさえ一歩越えてしまえば。――そして日頃は開いていない待賢門が開いていたのも、天の加護かと、彼は目をつぶって牛を打ったのである。
「あっ。どなただ!」
「下乗されよ」
それは、左兵衛ノ府の衛士たちの声々だった。一せいに、轅を捉えて、下乗を命じる。
もう宮門内だ、もう大丈夫と、菊王も車上の俊基も、ほっと虎口をのがれた思いがしていたにちがいない。
俊基は、簾を刎ねて、車上から半身を見せ、
「やあ、粗忽粗忽。これは日野ノ右少弁俊基でおざるが、火急参内の大事なあって、余りに牛に鞭打たせたため、つい、牛の狂いに従者も力およばずこの失態……。ゆるされよ」
一ト息に言ったうえ、
「菊王、沓を」
と、せきたてて、車の前から跳び降りた。