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ぜにがたへいじとりものひかえ
銭形平次捕物控
野村 胡堂
Read 銭形平次捕物控 (ぜにがたへいじとりものひかえ) by 野村 胡堂 (のむらこどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 157,440 characters · 313 screens
「お前さん、早く帰って下さいよ。今ごろから湯へ行く人もないものだ、本当に馬鹿々々しいったら」
若い女房の声を背後に聴いて、不景気な浴衣、手拭をヒョイと肩に掛けて番傘をさした若松は、鼻唄をそそりながら夜の夕立の中を町内の湯屋へ行くのです。
が、路地を出た若松の姿は、湯屋の前を無造作に通り越して、少し足早に明神下へ――それは誠に見事な滑り込みでした。後を追う者もないと見ると、ひらりと平次の住んでいる路地へ入って、その左から二軒目、小綺麗に住んでいる『しもた屋』の軒下に身を寄せたのです。
「今晩は」
若松は少し含み声ですが、甲高い調子でやりました。
「だれだえ」
色っぽい女の声です。
「角の酒屋ですが、お頼みの品を持って参りました」
「何んにも頼まないがねえ、違やしないかえ」
女はそういいながら、掛金を外して、無造作に入口を開けました。
「御用ッ」
それは実に間髪を容れぬ気合でした。が入口の戸を開けた女はそれ以上に敏捷だったのです。手に持った手燭を相手の面上に叩きつけると、身を飜してサッと行燈を蹴飛ばし、真っ暗な闇の中に、怪鳥の如く姿を隠してしまったのです。
飛び込んだ男――浴衣を着て手拭を肩に掛けたのは、言うまでもなく銭形平次で、若松の家の表から外へ出て行ったのは、平次の装束を借りた若松自身だったことは言うまでもあり