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ずいひつ しんへいけ
随筆 新平家
吉川 英治
Read 随筆 新平家 (ずいひつ しんへいけ) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 213,575 characters · 424 screens
夜もおそい。押しつけっこしていてもと、今様めいた思いつきを書く。
ここは心のふるさとか
ひさの思ひに詣づれば
世にさかしらの恥かしく
うたゝ童にかへるかな
木炭車、神橋のそばに待ちながら、ブウブウ風圧をかけている。しばらく動かず。外套の襟に首をすくめながら夜空の朝熊山を見て佇む。十余年前、武蔵を書いていたころ、登ったことのある山だ。平家との関係では、佐藤義清の西行法師が、しばらく山の西行谷や二見近くに住んでいたことがあるらしい。彼の和歌“何事のおはしますかは知らねども――”を芭蕉もこの辺を歩いたとき思い出したものであろう。“西行谷ノ麓ニ流レアリ、女ドモ芋洗フヲ見テ”として、
芋洗ふ女西行ならば歌よまん
という句を遺している。
鳥羽の海べの旅館に泊る。健吉画伯、室生寺辺は、かなりな雪だったという話。嘉治さんも東京以来かぜひき、健吉さんもその雪でしきりにゴホンゴホン。ぼくも少し怪しくなる。Oさんに注射を乞う。咳一つしないのはKさんだけである。そのかわり一行中ただ一人の佐藤垢石型(あんなにお爺さんではないが端然自若のところが)で、かぜぐすりは夜ごと独占。もっとも支局長その他、土地土地の猛者が挑みかかってこれと応対よろしくあるので、旅愁友なきをかこつ憂いはさらさらない。