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なるとひちょう
鳴門秘帖(三)
吉川 英治
Read 鳴門秘帖(三) (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 261,216 characters · 521 screens
沖の汐鳴りが変ってきた。
風が出てきた。
暗い五更を、黒い潮の海を。
破れんばかりに帆を鳴らして、まっしぐらに走る追手の船! 指してゆく沖の一線に、これまた、満々と帆を張りきって南へ南へと急ぐ船影がかすかに黒く――。
雲! 雲! 形相の悪い雲のうごき。
まさに、狂瀾天をうとうとしている。
血は潮水で洗われたが、四国屋の船の上には、まだ宵の陰惨の空気が漂っていた。黙々とした水夫、おびえた夢に苫をかぶっている旅客、人魂のような魚油燈、それらを乗せて、船脚は怖ろしいほど迅くなっている。
ときたま、山のような波がかぶった。
その大波の度がふえるにつれて、潮鳴、潮風、帆のはためき、どうやら暴風の兆がみえる。と気がついた頃には、船の揺れ方も尋常ではない。
だが、島とは見えない、淡路の巨影にかばわれて、紀淡海峡を出るまでは、水夫も多寡をくくっていたし、それに、宵のことで、スッカリ気がめいっていたので、騒がず、声を立てず、相変らず黙々と、船は帆まかせに走っている。駸々として白浪を蹴っている。
真夜半を過ぎた。
阿波へ阿波へ。
満をはらんだ十四反帆は巨大な怪鳥のごとく唸りを搏って進む――。