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アンドロギュノスのちすじ
アンドロギュノスの裔
渡辺 温
Read アンドロギュノスの裔 (アンドロギュノスのちすじ) by 渡辺 温 (わたなべおん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 129,168 characters · 267 screens
で、とにかく何の用事もなく、何の的もなく、新橋の方から銀座通の左側の舗道をぶらぶら歩いて行った。そして尾張町の四辻より一つ手前の四辻に差しかかった時である。その角から不意に、まるでそこの横通りを吹き抜ける風にあおられた操人形のような足取りで、若い女がオレンジ色のジャケツを着て飛び出して来たのであった。帽子をかぶらぬお河童で赤ん坊みたいな顔をした娘であった。ところで、それがどういうつもりか井深君の前に危くヒョイと踏み止まったが、井深君の中山帽子の頂からスパッツをつけた靴の尖まで、ジロリと一っぺんに見上げ見下ろすと、さて身を転じて颯々と肩をゆすり乍ら歩いて行ったのである。
(まあ! なんて女なんだろう!……)
井深君は今日が日迄幾十度となく、いや恐らく幾百度となく同じような身形で銀座を歩いた。併しついぞ一度だって通り掛りの者なぞからそんな風にして見られたためしはなかったのだ。だから屹度彼女は偶然井深君と見間違える程よく似た恰好の男をその知己にもっていたのであろう。……が、たといそうとしても何という厚かましい不躾な眼付きだったのだろう! ……育ちのよい少年の如く殊の外気弱な井深君は胸を動悸させ乍ら、逆毛立ってやわらかい草むらのように縺れ合っているお河童頭の後姿を見送った。