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おおしまができるはなし
大島が出来る話
菊池 寛
Read 大島が出来る話 (おおしまができるはなし) by 菊池 寛 (きくちかん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,856 characters · 20 screens
彼は自分で自分を卑しんだ。見ると、近藤氏は右の手を、額に加えて、新しく滲じみ出ようとする涙を押えて居た。平生殆ど喜怒を現した事のない主人の、男性的な涙を見た時は、譲吉は愈々自分のセンチメンタリティを卑しんだ。夫でも、彼の嗚咽は尚無用に続いて居た。
「離れに置いてあるから、直ぐ彼方へ行って呉れ。」と、主人は落着いた声で言った。
彼は直ぐ奥の離れへ行った。紫色の御召を着た令嬢の雪子さんと、瑠璃子さんが、泣顔を上げて譲吉の顔をチラリと見た。
何時もは、此の二人の令嬢を、世の中で最も幸福な女の子だと思って居た譲吉は、今日は全く反対の考を懐かねばならなかった。夫人の遺骸は、十畳間の中央に、裾模様の黒縮緬、紋附を逆さまに掛けられて、静に横たわって居た。譲吉は、徐ろに遺骸の傍に進んだ。そして両手を突いて頭を下げた。口の裡で夫人から受けた高恩を謝した。涙がまた新しく頬を伝った。夫人は急激な尿毒症に襲われ、僅か五時間の病いで殪れたのであった。
夫からの三日間、譲吉はお通夜の席に連った。彼はお通夜などと云う仏教の形式に、反感を懐いて居たが、然し自分の悲痛や夫人に対する愛慕を、こうした形式で現わす外、何うとも仕様がなかった。