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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
Read 山の憶い出 上 (ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 284,014 characters · 565 screens
円く盛り上った雪田の光りが偃松の前髪をすべり落ちた銀の櫛のようだ。そこからぼろぼろ岩屑は止めどもなく崩れ出して、ザザーッと薄気味の悪い声を揚げながら頭の上へ落ちて来る。左側の斜面へ移った。水気づいた小砂利や腐った枯葉の上を歩くのでよく滑るが、こっちの方が危なくない。むら消えの雪間に咲きこぼれた白山小桜の花が、若草の野に立って歌を謡っている少女の頬のように美しい。私は躊躇いながら其一片を摘んでそっと口にあてた。
俯目になって登って行くと、不意に行手から獣が跳び出した。「ああ羚羊、羚羊」と叫ぶ中に姿は偃松の繁みに隠れる。あたりを見廻したが誰も居なかった。蹄の痕に跟いて崩れ易い側崖の縁を、偃松や岳樺の枝から枝へと手を伸して、引き上げるように足を運ぶ。やっと雪田の上の崩れへ出た。二、三間先に雷鳥が一羽、人懐しげにこっちを見て立っている、遠い祖先から伝った残忍性の血汐を燃え立たす程の余裕を持たない。崩れを横切って偃松の少ない右の尾根を一息に登る、登って山稜の一角に立った、そして力任せに杖を揮って大声に叫び出さずにはいられなかった。次の瞬間には山という山が四方から放つ鋭い銀箭の光に射竦められてしまった。