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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
Read 山の憶い出 上 (ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 284,014 characters · 565 screens
昨日猫又山から下る途中「明日は楽だな」と喜んだ立派な切明けは、椈倉峠の草原やだぶだぶの水と同じく、何かに付けて楽をしたがるさもしい根性から、血迷った網膜が勝手に映して見せた幻影に過ぎなかった。尤も切明けの跡は全然無い訳ではないが、高さ一丈にも余る根曲り竹の上を歩くことは、人間には出来そうにもない業だ。
又藪に潜り込む。秩父の奥山で散々苛め抜かれて、藪潜りにかけては魚が水を泳ぎが土を潜るようなものだと、大に得意になっていた鼻先を、青竹の笞でいやという程弾き飛ばされて、忽ちへし折られて仕舞った。右を見ても左を見ても箆を束ねたように簇生した篁の中では、眼なんか無くとも一向差支はない、有れば近眼でも遠視眼でも持ち合せの者で沢山だ。唯だ手探りにき廻ってよろけた方へ足を運んで行く、誰が何処へ行ったか夫さえ分らない、体が頭から足の先まで汗でびっしょりになる。
漸く笹の中を左に切れて、木立の下の大きな岩に凭れ掛りさま一息する。皆何処へ行ったのか声を懸けても返事がない。足元に落ち重っている新しい笹の枯葉の上に青葉の繁みから日光が洩れて、豹紋のような斑点を染め出す、糸のように痩せた蔭草が青白い茎を抽き出して其上を匐っている。