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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
Read 山の憶い出 上 (ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 284,014 characters · 565 screens
私は其度毎に尾根の方に心を残しながら、疑惑の歩みを続けることを余儀なくされたが、霧の中にゆらゆらと突立った尖塔の突端に辿り着いて、此処が頂上だといわれた時には、四辺を見廻して外に取り付き端もない此尖塔に、不思議に迷いもせずに私達を引張り上げた長次郎の腕前に感心せずにはいられなかった。それは今始めての事ではない、曾て別山から尾根伝いに登った時は、今日にも増して遥かに濃い霧の日に、生路であったにも拘らず少しも迷わず頂上に導いたのである。山に入っては自ら確めた上でなければ容易に人の言葉を信ずることの出来ない私も、これにはすっかり我を折ってしまった。
山稜は一曲して西を指すようになる、生々しい赭色の大岩――尖ったのや角ばったのが乱杭の頭を駢べて、音もなく流れ寄る霧の中に没しては又顕われる。私達は一昨日赤谷山の頂上から眺めたあの凄まじい岩峰の登りに懸ったのだ。断崖の絶端から右の谷間を覗いては見るが、母体を離れた岩屑の薄気味悪い音を霧の底に聞くのみで、眼に映るものは一様に灰白の色である。左には長次郎谷の大雪渓が途切れ途切れに姿を見せて、霧を吐いてはトットと駆け下りて行く、怖ろしい敵から身を暗まして逃れるように。