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ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)
山の憶い出 上
木暮 理太郎
Read 山の憶い出 上 (ふえふきがわのじょうりゅう(ひがしさわとにしさわ)) by 木暮 理太郎 (こぐれりたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 284,014 characters · 565 screens
右岸奥鐘山の絶壁は、三百米もあろうと思われる花崗岩の一枚岩で、それと相対した蜆坂も決して低いものではない。鴨緑を溶かした水は其根から根を洗って、無造作にすういと流れている。力強いうねりの外は碌に波も立たない。幅は狭いようでも四十間近くはあろう。蜆谷はと見れば、水こそ少ないが三、四丈の瀑を成している。全く行詰った感がある。人夫の一人が何処を登るのかと聞く。一服やっていた助七は、瀑から左手の崖へと腮でしゃくって、あこを登るのだと答える。途端にホウあこを登るのかと驚嘆の声が洩れた。音沢から来た二人の若い人夫は、此処は深いだで泳げるとか、勢が強いで泳げないとかいう意味のことを大声で口早に話し合っていた。中村君と私とはたっぷりと河に浸した手拭で顔の汗を洗い流し、改めて復た四辺を見廻した。
この山奥に蜆谷の名があるので、場所がらといい念の為に蜆の化石でも出るのかと聞いて見た。助七は笑って答えない。強いて質すと、以前荒ごなしの材木を搬出する際に若い女達もこの急崖を上下した。それを見上げてふと思い付いた名であるという。若い娘だで蜆ずらと大笑する。何さま幾十年を黒部の山谷に過した助七のことである。