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いけぶくろのみせ
山之口貘詩文集
山之口 貘
Read 山之口貘詩文集 (いけぶくろのみせ) by 山之口 貘 (やまのくちばく) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 44,477 characters · 93 screens
そしてむかしは人殺しをしたことがあったかも知れないが、自分と知ってからはそんなことはないからと云って引受けてやるよ。」
名刺には、その表に、詩人山之口貘ヲ証明スとあって、昭和四年十二月十二日としてあった。裏には、山之口君は性温良。目下窮乏ナルモ善良ナル市民也。とあった。
ぼくは、この名刺のおかげで、安心して、街にうろついていることが出来た。ぼくのことを、誰何したことのあるおまわりさんなら、おそらくみんな、その裏表を読んだことになるのである。
「佐藤春夫ってなんだね。」
おまわりさんのなかには、時に、そういうのもいないわけではなかったが、
「有名な詩人で小説家がいるでしょうあの人ですよ。」と云うと、知らないことでも恥だけはかきたくなくなってしまうのか、
「あ、そうかそうかあの佐藤春夫か。」
ということになったりするのである。
ぼくの友人にもおまわりさんがいた。しかし、彼は詩人巡査と云われているくらいなので、佐藤春夫ってなんだねとは云わなかった。それどころか、ぼくの持っている佐藤春夫氏の証明書を見て感激してしまったのである。そして、ぼくが、辞退しているのにもかかわらず、ポケットから一枚の名刺を出して、佐藤春夫氏の証明書を真似てそれをぼくに呉れるのであった。