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いけぶくろのみせ
山之口貘詩文集
山之口 貘
Read 山之口貘詩文集 (いけぶくろのみせ) by 山之口 貘 (やまのくちばく) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 44,477 characters · 93 screens
ダルマ船日記
×月×日 金
×月×日 金
眼を覚ましてみると、側に寝ていた筈の六さんの姿は見えなかった。
居候のくせに、なぜこうも寝坊するのであろうか。
桝のような船室から首を出して、甲板を見廻わすと、既に、七輪の薬罐が湯気を吹きあげていた。
この船の名は、水神丸。積載量百トン。型は、通称ダルマと言っている。年齢は、三十五歳。生れは深川。
まるで、老人みたいな風貌だ。無数の皺の合間合間には、鉄錆びが汚みついている。艫には船室があって、三畳敷位。そこに船頭さんと僕とが一緒に暮らしている。その他、押入が一間と、それに向い合って神棚があり、押入の下には、古道具屋のように炊事道具など一杯詰まっている。それから、片方の壁には蝶ネクタイと背広の上下を掛けてある。それは僕のではなく六さんの外着である。六さんとは、即ち、このダルマ水神丸の船頭さんなのである。
どこにいても、僕にとって一番の不便は、先ず、放尿の場合である。折角、出かかっている小便でも、身辺に人の跫音がきこえると、直ぐに中途で引っ込んでしまう。だから街を歩いている時など、僕は他人のようにあっさりとは立ち小便の出来ない質である。