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うきふね
文豪怪談傑作選・特別篇 鏡花百物語集
泉 鏡花
Read 文豪怪談傑作選・特別篇 鏡花百物語集 (うきふね) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 32,938 characters · 67 screens
六
と衣紋を抜く。
六蔵解めぬ面の眉を顰め、
「何だ、人間の口の利方だ?……ほい、じゃ、ありゃ此処等の稲荷様か。」
「まあ!」
「何だい?」
「あら、名題の方じゃありませんか、巽さんと云う俳優だわよ。」
「畜生め、此奴等、道理で騒ぐぜ。むむ、素顔にゃはじめてだ。」
と、遠くを行く辰吉のすらりとした、後姿に伸上る。
「可いわねえ。」と、可厭な目色。
「黙ってろ。俺もこう見えて江戸児だ。巽の仮声がうめえんだ。……」
「あら、嬉しい。ひい!」と泣声を放ったり。
「馳走をしねえ、聞かして遣ら。二見中の鮑と鯛を背負って来や。熱燗熱燗。」と大手をふった。
これじゃ頓て、鼻唄も出そうである。
六
「もしもし、貴方。」
と媚かしい声。
溝端の片陰に、封袋を切って晃乎とする、薬の錫を捻くって、伏目に辰吉の彳んだ容子は、片頬に微笑さえ見える。四辺に人の居ない時、こうした形は、子供が鉄砲玉でも買って来たように、邪気無いものである。
水菓子屋で聞いた薬屋へ行くには、彼は、引返して別荘の前をまた通らねば成らなかった。それから路を折曲って、草生の空地を抜けて、まばら垣について廻って、停車場方角の、新開と云った場末らしい、青田も見えて藁屋のある。