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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 180,256 characters · 361 screens
が、日吉は、二人の顔いろなど気にかけているふうもなかった。自分はただ合宿の野武士が囁き合っていたのを、チラと聞いただけで何も知らない。自分の願いは、早く針を売り上げて、故郷の中村へ帰り、一刻も早く、母親の顔を見たいことしかない――というような意味を、より以上真顔になって述べた。
愕きの色を、顔に醒まして、十兵衛と弥平治とは、しばらく、黙り合っていたが、やがて、
「よし。そちの身は、きっと放してつかわすが、夜までは出すことならぬ。――又市、この小男を、どこぞへおいて、飯でも与えておけ」
と、十兵衛は命じた。
風は、相かわらず、吹き募っていた。――しかも風向きは、西南である。
急に、その風が、耳について、二人は胸騒がしくなった。
日吉の身を、若党の又市にあずけて、そこから追い立てると、弥平治はすぐ、すり寄って、
「十兵衛どの。この風に乗じて、野武士どもが、何を謀むのでござろうか」
と、不安を湛えた眼で、雲脚の迅い空を見あげた。
十兵衛は黙然と、書斎のぬれ縁へ腰を下ろし、緻密な思慮をこらしているように、じっと、一所を見つめていたが、
「光春どの」
「何か」
「叔父上から、何ぞ、この四、五日中に、変ったことでも、聞いておいでなさらぬか」