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もめんいぜんのこと

木綿以前の事

柳田 国男

Read 木綿以前の事 (もめんいぜんのこと) by 柳田 国男 (やなぎたくにお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 177,586 characters · 348 screens

Aozora Bunko

二

木綿が我邦に行われ始めてから、もう大分の年月を経ているのだが、それでもまだ芭蕉翁の元禄の初めには、江戸の人までが木綿といえば、すぐにこのような優雅な境涯を、聯想する習わしであったのである。

二

木綿が我々の生活に与えた影響が、毛糸のスエーターやその一つ前のいわゆるメリンスなどよりも、遥かに偉大なものであったことはよく想像することができる。現代はもう衣類の変化が無限であって、とくに一つの品目に拘泥する必要もなく、次から次へ好みを移して行くのが普通であるが、単純なる昔の日本人は、木綿を用いぬとすれば麻布より他に、肌につけるものは持ち合わせていなかったのである。木綿の若い人たちに好ましかった点は、新たに流行して来たものというほかに、なお少なくとも二つはあった。第一には肌ざわり、野山に働く男女にとっては、絹は物遠く且つあまりにも滑らかでややつめたい。柔かさと摩擦の快さは、むしろ木綿の方が優っていた。第二には色々の染めが容易なこと、是は今までは絹階級の特典かと思っていたのに、木綿も我々の好み次第に、どんな派手な色模様にでも染まった。そうしていよいよ棉種の第二回の輸入が、十分に普及の効を奏したとなると、作業はかえって麻よりも遥かに簡単で、僅かの変更をもってこれを家々の手機で織り出すことができた。