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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 167,285 characters · 330 screens
と甲斐はなだめるように続けた、「私の首を覘ったのは御家を思う一心からだろう、とすれば、私の首を取らぬうちは死ねない筈だ、御家を思う一念に紛れがなければ、生き延びる限り生き延びて、私を覘う筈だ、そうではないか」
男は黙った。そして荒い、苦しそうな呼吸だけが聞えた。
「ただ、ひとこと云っておくが、他人の評や風説に迷わされるな、事を行うなら、自分で是非の判断をしたうえでやれ」と甲斐は云った。
それから和尚もういいから放してやりましょう、と云い、玄察が立ちあがると、男の躯から下襲を取り、久馬に渡して、歩きだした。
――竹香 静寂 満てり。
綱宗はそう抜き書きした。しかし、竹林は静かではないな、と甲斐は思った。
御殿のほうに、小酒宴の支度ができていて、老女の藤井が、若い侍女たち二人のさしずをして、給仕に坐った。玄察はよく飲み、よく饒舌った。暗殺者のことは口に出さなかったが、さっき案内に立った侍を呼んで、辛辣にからかった。その侍は川口幾之助といい、二十一歳で、痩せた、気の弱そうな若者だった。
「おまえはいい案内者だ」と玄察は云った。
玄察は彼に盃をやろうとし、川口が手を出すと、その、いまやろうとした盃で自分が飲み、彼が手を引込めると、また盃をやろうとして、また自分で飲んだ。