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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 167,285 characters · 330 screens
甲斐はこのように説き、そして舎人は承諾した。
矢崎舎人は原田家を出て、いま浜屋敷にお小屋をもらい、物頭として勤めている。原田の家従であるよりは、伊達の直臣になったほうが出世にはちがいない。だが、一ノ関になにかこんたんがある、という直感は動かなかった。
――兵部はおれが与党になったと信じている、信じてはいるが、そのままで安心はしていない、必ず「事実」でたしかめようとするだろう。
方法はわからないが、なにかの手段で自分をためそうとするだろう。甲斐はつねにそう思っていたし、いまでも、その推察が誤っているとは思わない。ああ、と甲斐は眼をつむり、自分の家従を二人まで敵の手に渡した、という、するどい自責のために、低い呻き声をもらした。
襖の向うでおくみの声がした。
甲斐は手記を巻きながら、「おはいり」と答えた。襖をあけて、おくみと乳母がはいって来た。おくみはいちじくを盛った鉢を持ってい、乳母はかよを抱いていた。
「いまこれが日本橋から届きましたの」とおくみが云った、「あまりみごとですから、おめにかけるだけでもと思って」
「うん、みごとだ」と甲斐は云って、乳母のほうを見、かよに向かって微笑した、「また抱っこか、かよはいつも抱っこだな」