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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
Read 樅ノ木は残った (もみノきはのこった) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 148,519 characters · 296 screens
まるで仔猫のような従順さで、手ばしこく兄の世話をした。
新八は固くなっていた。六郎兵衛はまったく新八を無視していた。新八のほうは見もせず、もちろん声もかけなかった。
「酒の支度はできているか」
坐るとたんに、六郎兵衛はそう云った。
「すぐにできますわ」とおみやが答えた。
彼女は兄の脱いだ物を片づけながら、新八のほうを見て、「こちらの方は」と云いかけた。すると六郎兵衛は、聞きもせずに遮った。
「うるさい、酒を早くしろ」
「はい」とおみやは口をつぐんだ。
六郎兵衛は黙って飲み、やがて飲み終ると、夜具をとらせて寝てしまった。
それまで新八には、食事が出されなかった。おみやは兄の給仕にかかりきりで、新八には話しかける隙もなかった。六郎兵衛の酒は一刻ばかりかかったが、そのあいだ、彼は少しも妹をはなさず、次から次と用を云いつけた。
――失礼な人だな。
新八はそう思った。厄介になっている、というひけめで、固くるしく坐っていながら、六郎兵衛の態度の無礼さに腹が立った。
――出ていってやろうか。
そんなふうにも思った。六郎兵衛の寝たあと、おみやはこちらの六帖へ食事の膳立てをした。