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しのふちより
死の淵より
高見 順
Read 死の淵より (しのふちより) by 高見 順 (たかみじゅん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 18,084 characters · 38 screens
水平線の顔
夜の水
思い出がよみがえった
私がガンになる前のこと
安房鴨川の春のことだ
ある午後 浜辺を行くと
小鳥が砂の上をつんつんと飛びながら歩いていた
モミジのような足あとを
文字のように砂上に書きつらねた
たしかにそれは何事かを伝えんとする文字に相違ない
波音に消されて小鳥の声は聞えなかったが
円覚寺の砂の声が
小鳥の声として連想された
それほどこの小鳥にふさわしい声はない
二つは不思議に調和していた
水平線の顔
水平線から
顔がのぞいている
不気味な不可解な顔だが
私には分っている
知った顔ではないが
私が知らねばならぬ顔だ
夏の入道雲みたいに大きくはないが
そのようにあっけなく消えはせぬ
消えたと見えてまた顔を出す
私が死ぬのを待っているのか
それほど私もうぬぼれてはいないが
私が死ぬまでそれはのぞきつづけるだろう
ちょうど私の心から血が流れつづけるように
(七里ヶ浜K病院で)
夜の水
くらい夜の水の
静かな表面が
にわかに泡立ち
眼前の一点がもくもくとふくれあがる
明らかにそれは怒っているのだ
闇のなかで黒く光りながら
水は激怒している
鬱積した悲しみが
遂に怒りになったのだ
しかしそれもながくはつづかない